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 天下の大祭「諏訪大社式年造営御柱祭」のHPを作るにあたり、見やすさを眼点に作成しました。HPデザインに凝った点は何もありません。諏訪の男はなぜ、この時ばかりは狂うのか? 御柱祭の豪壮さをダイレクトに伝えられるホームページ、ぜひ、お気軽にご覧いただきたいと思います。  ※このページがTOPです。

諏訪大社上社の御柱編
写真提供 駒見 朗
 天下の大祭「諏訪大社式年造営 御柱祭」は、数えで7年(満6年)ごとに行われる信州一之宮「諏訪大社」の大祭です。行われる年は、旧暦12支、干支(えと)の申・寅、申年(さるどし)と寅年(とらどし)に行われる諏訪の祭りです。上社は、茅野市の東方八ヶ岳御小屋(おこや)山の神林より、直径1m以上もある樅の大木(一の御柱が長さ五丈五尺の長さ、以下五尺落ち)を本宮・前宮まで4本ずつ合計8本を約25kmを曳き、各々本宮と前宮の四隅に建てます。
 下社は霧ケ峰西麓東俣(ひがしまた)国有林より、春宮・秋宮まで同じく4本ずつ合計8本を約5Kmを曳き、各々秋宮と春宮の四隅に建てます。

八ヶ岳御小屋(おこや)山の神林より切り出された御柱を氏子が曳き出す。(上社山出し:1日目)

その神木の伐採から、曳行開始から、曳建てられるまで、古くから伝わる独特の謡いまわしによる木遣り唄と氏子による人力によって奉仕する。まさに奇祭と呼ぶに相応しい信州諏訪の祭典である。
 その歴史は古く、古事記にもその記述があるといい、諏訪大社「諏訪大明神絵詞」によれば桓武天皇の時代からの記録も遺る。

木落し坂の本一の御柱! この坂を下り降りる。(上社山出し:2日目)

 この祭の絶対見逃せない見所として、上社は勇壮な宮川長峰木落坂の「木落し」と宮川の「川越」、「建て御柱」がある。下社は木落坂の「木落し」が余りにも有名である。このような大きな難所に加え、それぞれ曳行時の折々にある道路の曲がり、交差点の横断、小さな下り、段差などの小さな難所もこの祭りの楽しみの一つということが出来る。

木落坂では、2日目、3日目の2日間木落の光景を見ることが出来る!

 各御柱年の御柱祭開催日は、上社山出し(やまだし)が、 4月最初の寅・申の日の前後3日間、里曳(さとびき)は5月初めの寅・申の日の前後3日間である。 下社は、各々上社より1週間おくれで執り行われる。
 なお、平成16年 諏訪大社御柱祭は、上社山出し(やまだし)祭が 4月2日(金)・3日(土)・4日(日)。 下社山出し(やまだし)祭が 4月9日(金)・10日(土)・11日(日)に行われた。
 また、月をあらため平成16年 上社里曳(さとびき)祭は、ゴールデンウィーク中の5月2日(日)・3日(月)・4日(火)に行われ、下社里曳(さとびき)祭は、5月8日(土)・9日(日)・10日(月)に行われた。

木落し坂では、木遣り唄や、ラッパ隊の演奏も繰り広げられる!

 江戸時代までは、曳建の費用や労力は信濃国(現在の長野県)全域に及んだと言うが、現在では諏訪の全住民氏子17地区(旧18ヶ村)を8ブロックに分け、上社はその各ブロックが担当する8本の御柱を「くじ引き」によって定めている。下社は「くじ引きでは無く」各市町が担当する御柱は規定によって定められている。

木落し坂を無事下った御柱が、次の難所川越し現場に向かう!

 全国各地より大勢の観光客を向かえる祭期間中は、「人を見るなら諏訪の御柱を見よ!」といわれるように諏訪人の心意気を観光客の皆様に示す場として大いに張り切って御柱へ奉仕をします。

川越し現場に、先頭の本一御柱が到着し川越準備にかかる!

 また、御柱曳建の意味は「御小屋の山の樅の木は里に下りて神となる」という木遣唄に象徴されていますが、式年造営御柱と言うように、「造営」、即ち、むかしは式年ごとに社殿など全ての建物が建て替えられたと伝えられ、このため住民の経済的負担は大きく、祭りの年には結婚、家屋の新築・改装、派手なお祝いなどをが禁じられ、葬式も仮埋葬とした。

先ず、旗持が4月の冷たい川に入り地区旗を対岸に揚げる!

引き綱がこちらの岸に渡され、御柱が対岸に姿をみせた。いよいよ、川越しが始まる!

御柱がせり出され、大変危険!大勢の氏子が乗った御柱が川へ落下する!

無事安全に、本宮一の御柱が川に入り清められる!

こちらも、無事に川へ入った本宮三の御柱! この後、御柱を川から上げなければならないのだ!

 御柱の起源につきましては、諸説があり確定は出来ませんが、社殿建て替えを簡素化したのではないかという説がもっとも有力視されています。このような造営については、三重県の伊勢神宮においては、長野県木曽のヒノキ材を用い、20年に一度社殿が全て建て替えられています。

御柱は建てる前に、上部となる先を三角錐に削ります。これを冠落しと言います。
その削り屑は、厄除けのお守りとして、持ち帰られています。

大勢の氏子を乗せたまま、少しずつ建ちあがる本一の御柱

ほぼ垂直に建ち上がった本一の御柱

御柱が垂直に立ち上がり
「次回の御柱で会いましょう」の垂れ幕が下ろされた。

 その他、御柱祭の諸説については、四天王説、四隅を固めた神域説、神の依代説など、御柱がくる度に諏訪地方の巷では、年長者から若者へと熱く語られている場に遭遇することがあるが、何れというよりは現在はその全てであろう言うよりほかに無い。

干支でいう申年・寅年「諏訪大社上社御柱大祭」の日程
上社山出し祭 上社山出し(やまだし)祭の日程予想
 干支でいう申年・寅年 4月初旬の概ね第1土曜日あたりに諏訪郡原村柳沢より、曳行が開始され、2日目の日曜日に5本の木落しが宮川地区木落坂で行われます。そして、その先1km先の宮川で「御柱清めの川越し」が行われます。3日目の月曜日には残りの3本の木落し・川越しが行われ、御柱屋敷に曳きつけられ、5月の里引きまで、御柱屋敷にて1ヶ月間休められます。御柱屋敷は屋敷があるわけではなく広場です。その1ヶ月間は多くの観光客の見学で賑わいを見せています。
上社里曳き祭 上社里曳き(さとびき)祭の日程予想
 1ヶ月間休められていた御柱は、いよいよ里引き祭となります。里曳き初日は概ねゴールデンウイークの5月3日に、上社および前宮に向け曳行が再開されます。そして、4日には前宮のすべての柱が、5日には上社のすべての柱が所定の位置に建てられます。
  正確な御柱の日程については、干支でいう申年・寅年近辺になったら、諏訪大社ホームページ、各種御柱サイト、長野県諏訪地方の観光情報でご確認ください。「人を見るなら諏訪の御柱」 期間中、県外・県内多数の見物客の皆様のお越しを心よりお待ち申し上げます。


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